声を聴く
ドリアン助川の著作「あん」は、タイトルにもなっている「あんこ」が作品の重要な要素ですが、美味しいあんこを作るためには、「小豆の言葉に耳をすませ、小豆が見てきた雨の日や晴れの日を、想像すること。どんな風に吹かれて小豆がここまでやってきたのか、旅の話を聞いてあげること。そう、小豆の声を聴くこと。」なんだそう。
この言葉がとても印象的だったのでよく覚えているのですが、料理をする人の言葉には同じように素材に耳をすませる、という表現が多いように思います。先日もおいしいパンをつくる職人さんについての番組を見ていたのですが、大事なことは酵母との対話と言っていて、とても楽しそうにパン作りをしていました。
「素材との対話」で紹介したいのは、私の大好きな人、イサム・ノグチのことばです。
自然石と向き合っていると、石が話をはじめるのですよ。その声が聞こえたら、ちょっとだけ手助けしてあげるんです(「石を聴く――イサム・ノグチの芸術と生涯」商品説明より)
「地球を彫刻した男」と形容され、世界中で活躍した彫刻家、イサム・ノグチ。彼についてはまたじっくりと記事を書きたいと思うのですが、改めてその思想に触れると、自然への敬意、まっすぐに純粋に自然と向き合う姿勢、最高の形で昇華した芸術を見せてくれる技術とセンス…うまく伝えられる語彙のなさにもどかしさを感じるのですが、彼の作品は圧倒的に私を感動させるのです。
イサム・ノグチのイントロダクションとして、まずは以下のことばの紹介までです。
「日本で過ごした子ども時代から、ノグチは庭園に配された石は草木よりも大切であることを知っていた。石は庭園の骨組みである。
禅寺の庭のなかで、熊手で紋を引いた砂から姿をあらわす石たちは海から立ちあがる島のようなものだ。
《平安は石によって庭園のなかに確立されることを日本人は学んできた》とノグチはユネスコ庭園開園の数ヵ月前、あるインタビューで語っている。
《それは彫刻家としてのぼくにとって、謙虚さのレッスンだ。もし石が、ぼくが手を触れる前のほうがよいのだとしたら、そこになにかぼくのなすべきことがあるだろうか?》。
この姿勢が晩年の20年間、石を彫るのと同じだけの時間、石に耳を傾けて過ごすようノグチをうながした」(「石を聴く――イサム・ノグチの芸術と生涯」商品説明より)
小説「あん」
映画「あん」DVD
※今日のメイン画像は「Vitra」より
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